馬でやってきた人物は、肩にとげのついた鎧をつけているたくましい男で、太い眉毛の下の鋭い眸が、あたしを検分するようにじろじろと上から下までねめつけている。茶色の髪の毛、ゲルマン風の先の割れた角張ったあごに、角材のような鼻。見た感じ、なんだか警備関係の仕事についている人のようにみえる。
「わー、ガイジンだ、ガイジン!!」
月哉はあたふたと叫んだ。
「どうしよう! おれ、英語苦手なんだよっ、あ、あの、は、はじめましておじさん!」
おじさんのほうは、まるで月哉を無視しまくり、あたしを、親の仇に出会ったみたいな目つきでにらみつけている。月哉は隣で、ぐるぐる周りを走り回り、焦っている。
「は、ハーイ! 英語で自己紹介、なんて言ったっけ。えーとえーと、はろー!! アイ・アム・ア・ペン!」
――あほ月哉。
あたしはおもむろに、ポケットの中のケータイを取り出した。これはただのケータイではない。万歩計にストップウォッチ、デジカメに着メロは当然ついているが、それ以外の機能をいろいろ搭載したケータイだ。空気中から電気を取得する機能。透明化機能。翻訳機能などもついている。ほかにもいろいろ機能があるのだが、とにかくケータイごときに多種多様な機能をつけるのだから、ママも相当凝り性だね。
その男は、なにかしゃべった。聞いたことがない言葉だけど、このケータイにかかれば無問題。スイッチを入れると、男の言葉の後半部分が、頭の中に飛び込んできた。
「――だな。おれがおまえなら、そんな格好では外を歩かないが」
あたしは考え込んだ。高校の制服姿、というのはたしかにこのテーマパークにはふさわしくなかったかもしれない。
「客にまでコスプレを押しつけるテーマパークだとは思わなかった」
あたしはつぶやいた。世間は広い。
「この世界に更衣室があるんだったら、そこで用意されてる服に着替えるよ!」
月哉はうきうきしている。
「あのー、出口はどこでしょう?」
あたしはうんざりして男に問いかけた。こんなところからは、早く出て行きたい。家に帰ったら、あの転送装置をヤフーオークションあたりに売り飛ばしてやろう。作動することはわかったんだし、こんな懲りすぎのテーマパークには飽き飽きしてきた。
「あんた、自分がどんな危険にさらされてるのかわかってるのか?」
男は、ちょっといらいらしたように言った。
「ここから早く隣の国にでも行くんだな。もう二度とここには来るな」
「おお、姫にむかってそのような口をきいていいのでしょうか!」
月哉は憤慨している。
「あのな」
男は青ざめ、顔をひきつらせた。
「おまえたちの追っ手が迫ってるんだぞ。おれは巻き込まれるのはごめん被る」
男はそわそわと、背後を振り返った。黒い雲が、もくもくと丘の向こうから見えてきている。天気予報装置を見ると、晴れだ。予報が外れたことはないので、あたしはちょっと首をかしげた。
「わかってると思うが、俺はおまえの味方だ。この国の人間の大多数とは違っててね。だから、おまえさんのその目立つメッシュをなんとかしておきなよ。誰がどう見ても、それじゃつかまえてくれって言ってるようなもんだ」
それだけ言うと、男はそそくさとその場を立ち去ろうとした。
「メッシュ?」
あたしは面食らってつぶやいた。
「じゃあな、もう会うことはないと思うが、元気で」
それだけ言うと、若干気がとがめるような表情を残したまま、男は馬を駆って、道の向こうへ消えていった。
「あの人、なに言ってるんだろう」
あたしは少し、あきれている。
「あたしはメッシュなんか入れてないよ」
「入れてる入れてる」
月哉はぴょんぴょん跳んで、東の方の教会の方へ向かいながら、
「それどころか、君はガイジンそのものだよ!」
「またそんな、ねぼけたことを」
「嘘だと思うんだったら、ケータイのカメラで自分を見てごらん、まさに君は高貴な姫君って感じ!」
幼なじみの月哉まで、ママの冗談に乗るのかよ、おい。
げっそりしてきたが、言われたとおり、ケータイを操ってカメラを通して自分を見た。そして、画面が震えてくるのを感じた。
ケータイの画面に写ったのは、前髪に銀色のメッシュを一房入れた、豪華な金髪の少女だったのだ。きめ細かな白い肌、首から下にかけての線はなだらかで、落ち着いた感じがしている。緑がかかったブルーの瞳は少し悲しげだ。
「おお、姫君! その制服がよくお似合いです!」
月哉は芝居がかった声で感極まったように叫んでいる。それがまた、新しい彼の姿に似合っていた。あたしは月哉の頭を殴り倒したくなった。
「冗談じゃないわよっ。あたしはれっきとした日本人よ、もとの姿に戻してよ!」
「取説がないからわかりませーん」
月哉は手を頭の後ろに回した。
「いーじゃん、十分かわいいよ、君」
あたしはかーっと頭に血が逆流するような気がした。
か、か、か、かわいいなんて気安く言わないでもらいたいっ。
月哉は、先に歩き始めていた。
「早く建物のあるところへ行こうよ、雲が近づいてきてる」
空を見上げると、黒い雲はだんだん大きく広がって来つつあった。
ここは日本ではないのかしら、とはじめて不安がこみあげてきた。天気予報装置は、日本では絶対に外れないとママは太鼓判を押していたっけ。それに、あの正体不明の外国人はいったい……。
とにかく、教会はどこのテーマパークでも「安心できる場所」のはずだ。ロールプレイングゲームでも、休憩所やゲーム記録所として活躍している。ここが西洋風のファンタジーをテーマにした遊園地なら、教会には案内図か案内嬢がいるに違いない、と思った。
「よおし、じゃ、早いもの勝ちよ!」
あたしは月哉に叫んだ。
そして、走り始めた。
ところが、背後でなにか声が響き渡った。